いつか…書き残しておきたい…正確には、自分の胸にだけ閉まっておけないこと。
もう一年は経つだろうか、ある日の昼間、電話が鳴った。
少し年老いた声。
攻撃的な口調だった。
「写真が送られてきたんだが、これは何かの嫌がらせか!?」
クレーム?…やばい…でも最近写真を送った覚えもないし、何の…?と思った。
よくよく話を聴いてみる。
どうも七五三の写真で、夫婦と子どもの写った写真だそうだ。
そしてそこにウチの連絡先も…。
でもまったく覚えはない。写真撮ったのはウチかも知れないが。
「これをどうしろと言うんだ!」
「申し訳ございませんが着払いで送って下さると…。」
と応えたのだが
「そんな手間を取らせる気か!」
と言われたので受け取りに行くことにした。 名古屋まで。(うちは静岡)
「ほんとに来るか!?」
「はい。ただ、2時間程はかかってしまいますが…。」
そうこう話しているうちに段々と雰囲気が変わってきた。
相手は酔っているようだ。
「あんた、独り身か?」
「いえ…結婚しています。」
「そうか…俺もだ。去年、死んじまったけどな…。」
「その女房がそりゃまた浮気癖のある酷い嫁でな…この写真が送られてきた時は、またやったかと思った…。」
嫌がらせ…そういうことか…。
もうだいぶ経ってしまったので細かな内容は覚えていない。
ただ、2時間ほどその人と話していた。
「子どもの頃…(確か4年生くらい)養蜂箱を拍子で壊してしまって、その持ち主にこっ酷い程責められた。」
「母親は弁償する金もなく…わかるよな?身体で払えと…。」
「子どもの前でするのは嫌だったんだろうなあ…「そこで待ってなさい」と裏手の陰に男と行った。」
「当時は何か分からなかった。でもしばらく待っていたが帰ってこない。心配になって見に行ったんだよ。」
「そうしたら…母親も女だったんだよなあ…男の首に手を回してよがってたんだよ。」
もう何十年…多分半世紀以上前の話だろう。
電話越しの彼は泣いていた。
ずっとずっと、その光景が消えなくて…あまりに切ない。
「あんた、物書きかい?」
「いえ…写真屋ですが…。」
かなり酔っているらしいので、もう誰と話しているのかも分からないのだろう。
「もし物書きなら、これを小説にしてくれていい。」
きっと、ずっと抱えていたわだかまりを誰かに聴いてほしかったのだろう。
それほど辛い出来事だったのだろう。
聴いていた自分も辛かった。
ぶつけどころのない遣る瀬無さを感じた。
「物書きではないですが…僕は写真屋です。写真で表現することはできます。」
「そのままではないですが、必ず!」
「羨ましかったんだよ…この写真見た時。俺もこんな風に幸せな人生だったらな…。」
「あんたいい写真撮るな。ほんと、幸せそうだ。」
「あんたと話せて良かった…。」
そう言って電話は終わった。
P.S.
写真は昔撮ったご夫婦が実家に写真を送ったところ、郵便局の手違いで誤配送されてしまったらしい。
その後、郵便局と彼からもまた謝罪の電話があった。
僕もこのことを胸にしまっておくのは辛かったのかもしれない。
また、この話を書き残すことは義務だと感じた。
だから、目に触れる人は少なくとも、彼の人生、存在を、少しでもここに残しておきたい。